帆かけサバニについて
帆かけサバニ(以下、サバニ)は沖縄の伝統的な木造舟です。沖縄はその昔「琉球」と言われた一つの国でした。
周辺を豊かな海に囲まれ優れた海の文化が花開きました。
帆を上げ、時には漕いで、遠くは海外にまで航海していたことが知られています。
サバニの歴史
「帆かけサバニ」は、海人(ウミンチュー)と呼ばれた漁師が、主に漁をするために進化してきた木造帆舟です。
沖縄の海人は、各地で優れた漁法の仕方も広げて行きました。帆かけサバニと同時に、漁法もまた日本をはじめ各地に、今なお伝わっています。ハードな海を越える道具として、最も庶民の間で普及したであろう「帆かけサバニ」の存在が、大きな役割を果たしました。
しかし、戦後、機械(エンジン)の導入によって、急速にその数が減少して行きました。それによって、いま、造船技術・操船技術までもが失われようとしています。こうした状況を憂いだ沖縄の有志によって、帆で走るサバニを復活させようと、2000年沖縄サミットの年、座間味島~那覇まで(約35km)のレースがはじまりました。 この「サバニ帆漕レース」をきっかけに、帆かけサバニが俄かに世に知られる事になりました。
サバニの語源
沖縄では、古くから鮫(サメ)は「サバ」という呼び名でした。
サバを捕るフネ=「サバブニ」が「サバニ」に変化したという説や、
丸木舟からスタートしたフネ=素(スー)ブニが、サバニに変化した説と諸説あります。
サバニの優れた性能
日本におけるあるヨット設計の第一人者は、長年かけてたどりついた「よく走る船型」 の法則的なラインが数百年前に存在したと言われるサバニに既に備わっていた事に驚き、自分の名前を付けずに「サバニ船型」と名付けたそうです。
サバニの起源はいつの時代から始まったのか未だによく分かっていません。6000年前の縄文土器やその遥か以前の地層から黒曜石が出土されていることから(黒曜石は沖縄では取れません)私達が考える遥か以前から本州または 南方から自由にそして意思を持って往来していたと想像されます。サバニがその役目を果たしていた。という確たる証拠はありませんが少なくとも沖縄がまだ琉球と言われていた遥か以前から海上の道が開かれていました。
アウトリガーについて
帆かけサバニに初めて乗るとグラグラとして安定せず、初心者はとても乗れるものではありません。
「フーカキサバニ」が体験に使用するサバニには、安全のためサイドにアウトリガーと言われる浮力帯を付けています。
より安定する以外、基本的な構造・機能は可能な限り当時のまま再現しています。
琉球に伝わる海人のスピリッツを感じて頂けることでしょう。